学校でも家庭でも、よく聞くやり取りがあります。
先生が授業で説明をしたあと、
「みんな、わかったかな?」
と尋ねる。
すると多くの子供はうなずいたり、「はい!」と答えたりします。
家庭でも同じです。
「明日の持ち物、わかった?」
「帰ったら宿題やるんだよ。」
そんな声かけに対して、子供は元気よく「わかった!」と返事をします。
ところが翌日になると、
「あれ、聞いてない。」
「忘れちゃった。」
「どうやるんだっけ?」
ということが起こります。
大人からすると、
「昨日、わかったって言っていたよね?」
と思ってしまいます。
しかし、ここで考えたいのは、子供が嘘をついているのかどうかではありません。
実は、「わかった」という言葉そのものに落とし穴があるのです。
私たちは、「わかった」という言葉を、理解したことの証拠として使いがちです。しかし実際には、「わかった」には別の意味もあります。
それは、
「聞いたよ。」
「話は終わったよ。」
という意味です。
つまり、「理解した」というよりも、「会話が一区切りついた」という合図として使われている場合が少なくありません。
子供は先生の話を最後まで聞いた。だから「わかった」と答える。
親の話を聞いた。だから「わかった」と答える。
それ自体は決して嘘ではありません。
ただ、その返事の中には、「本当に理解できた」という保証までは含まれていないのです。
そしてもう一つ見落としがちなことがあります。
実は、「わかった?」と聞く大人側も、「わかった!」という返事を求めていることが少なくありません。
返事が返ってくれば安心できるからです。
子供もまた、「わかった」と言えば会話が終わることを経験的に知っています。
こうして、「わかった?」「わかった!」というやり取りは、理解を確かめるためではなく、話を終わらせるための記号として機能していきます。
これは子供だけの話ではありません。
大人でも会議や研修で説明を受け、「大丈夫ですか?」と聞かれると、なんとなくうなずくことがあります。そして後になって、「結局どういう意味だったんだろう」と思い返すこともあります。
人は思っている以上に、「理解したか」よりも「話が終わったか」に反応しているのかもしれません。
だからこそ、学校でも家庭でも、「わかった」という言葉だけを根拠に安心するのは少し危険です。
大切なのは、子供を疑うことではありません。
「どんな話だった?」
「どうしてそうなるの?」
問い詰めるのではなく、疑問のトーンで一言を添えてみることです。
本当に理解しているかどうかは、「わかった」の中ではなく、その後の言葉の中に表れるのです。

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