26-3 「読解力がない」では解決しない。

「読解力が足りないですね。」

教育の場ではよく聞く言葉です。

もちろん間違いではありません。

しかし私は、この言葉だけで終わってしまうのは少し危険だと思っています。

なぜなら、

「読解力がない」という言葉は、原因ではなく結果を表していることが多いからです。

例えば、体調が悪くて病院に行ったとします。

そこで、

「具合が悪いですね。」

と言われても困ります。

風邪なのか。

睡眠不足なのか。

胃腸炎なのか。

原因によって対応はまったく変わるはずです。

実は読解力も同じです。

読解力がないように見えても、その背景にはさまざまな理由が隠れています。

前回までの記事でお伝えしたように、「読む」という行為は非常に高度な認知活動です。

だからこそ、どこで止まっているのかを丁寧に見る必要があります。

例えば、漢字が読めない場合があります。

問題文を読むたびにつまずくため、内容を理解するところまでたどり着けません。

また、言葉の意味を知らないケースもあります。

文章は読めているのに、そこに出てくる語句が分からないために意味が取れなくなってしまうのです。

さらに、文章同士の関係を整理することが苦手な場合もあります。

「誰が」

「どこで」

「何をした」

という情報は分かっているのに、それらをつなげて考えることができません。

算数の文章題であれば、

「分かっている数」 と 「求める数」

の関係が見えなくなることがあります。

また、最後まで読み続ける体力が足りないこともあります。

長い文章を見るだけで疲れてしまい、大事な部分にたどり着く前に集中が切れてしまうのです。

読む速度が遅い場合もあります。

一文ずつ丁寧に考えているため理解はできるのですが、テストでは時間が足りなくなります。

このように考えると、

同じ「読解力がない」という言葉の中にも、まったく違う課題が含まれていることが分かります。

そして当然ながら、必要な支援も変わります。

漢字が原因なら漢字の学習。

語彙が原因なら言葉との出会いを増やす。

関係性の整理が苦手なら図や線分図を活用する。

読む体力が課題なら少しずつ読む経験を積む。

読む速度が課題なら反復練習を行う。

原因が違うのに、同じ方法で解決しようとしてもなかなかうまくいきません。

だからこそ大切なのは、

「この子は読解力がない」

と決めつけることではなく、

「この子はどこで止まっているのだろう」

と考えることです。

見える結果だけではなく、その過程を見る。

それが本当の意味で子供を理解することにつながります。

読解力という言葉は便利です。

しかし便利な言葉ほど、子供の姿を見えにくくしてしまうことがあります。

だから私は、テストの点数や正誤だけではなく、

子供がどの瞬間に立ち止まったのか。

そこを丁寧に見取ることを大切にしています。

それこそが、本当に必要な支援につながる第一歩なのだと思います。


次回予告

今回でシリーズは終了です。

「家ではできるのに、テストではできない。」

その背景には知識不足だけではなく、「読む」という高度な認知活動が関係していることがあります。

結果だけでなく過程を見る視点が、子供の成長を支える大切なヒントになるのです。


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