授業をしていると、子供たちからよく聞く言葉があります。
「わからない」 「できない」
保護者の方からも、
「うちの子、算数ができなくて……」 「国語が苦手なんです」
というお話をよく伺います。
実際に問題が解けなかったのですから、「できない」という状態であることは事実です。
ただ、教育の仕事をしている中で感じるのは、
「できない」と分かった段階では、まだ本当の原因は見えていない
ということです。
例えば、算数の文章題を考えてみましょう。
問題が解けなかったとき、多くの人はそのまま
「算数の文章題ができない」
と考えます。
しかし実際には、
・問題文の意味が分からなかった
・知らない言葉が含まれていた
・何を求める問題なのか整理できなかった
・計算方法を忘れていた
・途中で自信がなくなって手が止まった
など、様々な可能性があります。
表面上はどれも同じ「できない」です。
ですが、中身はまったく違います。
病院で考えてみると分かりやすいかもしれません。
「具合が悪いです」
と言われても、それだけでは治療はできません。
風邪なのか。
胃腸炎なのか。
寝不足なのか。
原因によって対応は変わります。
勉強も同じです。
「できない」は症状です。
本当に見つけたいのは、その原因です。
ところが私たちは、つい結果だけを見てしまいます。
問題を間違えた。
だから練習が足りない。
点数が低かった。
だからもっと勉強しよう。
もちろん、反復練習が必要な場面もあります。
実際、練習量が不足していることもあります。
ただ、原因を確かめないまま練習だけ増やしても、なかなか改善しないことがあります。
なぜなら、原因が別の場所にあるかもしれないからです。
私は授業の中で、子供が問題を間違えたとき、
「どうして間違えたのだろう」
と考えるようにしています。
もちろん答えは一つではありません。
だからこそ、
どこで手が止まったのか。
どこまでは理解できていたのか。
何に困っていたのか。
そんなことを見ながら、その子の「できない」の中身を探していきます。
勉強というと、つい「丸かバツか」に目が向きます。
しかし本当に大切なのは、その間に何が起きていたかです。
正解できなかったことよりも、
なぜ正解できなかったのか。
そこに成長のヒントがあります。
子供の「できない」は、ゴールではありません。
そこから先に進むためのスタート地点です。
だから私は、間違いそのものよりも、その原因を大切にしたいと思っています。
勉強は間違い探しではなく、原因探し。
まずはそんな視点から、子供たちの学びを見つめてみたいと思います。
次回予告
「どこが分からないの?」
私たちはよくそう尋ねます。
でも実は、その質問に答えること自体が難しい場合があります。
次回は、子供が自分のつまずきを説明することの難しさについて考えてみたいと思います。

コメントを残す