前回、「問題を読んであげるとできるんです」という言葉を聞くたびに、「あとひき肉があればハンバーグが作れたんです」という例えを思い浮かべる、というお話をしました。
少し意地悪な例えに聞こえたかもしれません。
でも、私が伝えたいのは「読んであげるのが悪い」という話ではありません。
むしろ逆です。
目の前で我が子が困っていたら助けたくなるのは当たり前です。
できないまま終わるより、「できた!」で終わってほしいと思うのも自然なことだと思います。
実際、家庭学習ではよくこんな場面があります。
子どもが問題の前で手を止める。
すると大人は、
「何を聞かれているのかな?」
「この数字は何を表しているのかな?」
「合わせてだからどうするのかな?」
と声をかけます。
すると子どもは答えにたどり着きます。
保護者も安心します。
子どもも「できた!」と思います。
でも、ここで一度立ち止まって考えてみたいことがあります。
そのとき子どもは、本当に「わかった」のでしょうか。
もしかすると大人は、
問題を読むこと。
必要な情報を見つけること。
何が分かっていて、何が分かっていないのかを整理すること。
そうした部分を代わりに引き受けてはいないでしょうか。
たとえるなら、
ひき肉を買ってきて、
材料をそろえて、
レシピを読んで、
作り方を確認して、
最後に子どもが混ぜるだけの状態です。
もちろん、その日はハンバーグが完成します。
子どもも「自分で作れた!」と思うでしょう。
でも、それだけで料理を作る力が身に付いたとは言えません。
算数も少し似ています。
答えに近付くためのヒントは、その問題を解く助けになります。
しかしその一方で、
自分で読むこと。
自分で整理すること。
自分で考えること。
そうした力を使う機会を減らしてしまうこともあります。
そして、その差が見え始めるのが小学校4年生頃です。
問題文が長くなり、
条件が増え、
複数の情報を整理しなければならない問題が増えてきます。
すると、それまで大人が支えていた部分を、自分で行う必要が出てきます。
そのときになって、
「文章題が苦手」
「読解力が弱い」
という形で困る子が増えてきます。
読解力が急になくなったわけではありません。
これまでは大人が担っていた仕事を、自分で行う場面が増えただけなのです。
だから私は、「できた」という結果だけを見るのではなく、
その子が何を考え、
どこで迷い、
どんな情報を手掛かりにしたのかを大切にしたいと思っています。
「できた」と「わかった」は、必ずしも同じではありません。
算数で本当に育てたいのは、
自分で問題を読み、
情報を整理し、
筋道を立てて考える力です。
その力が少しずつ身に付いていくことこそ、本当の意味での「わかった」なのだと思っています。
🌱 次回予告
授業で、子どもたちにこんな問題を出したことがあります。
Aさんは りんごを5こ もっています。
Bさん との ちがいは 2こです。
2人あわせて なんこでしょう。
すると、
「7個!」
とすぐに答える子もいれば、
「Bさんの方が多いの?少ないの?」
と聞いてくる子もいました。
実は、この違いの中に算数の本質があります。
次回は、
「答えが出ないことに気付ける子」
をテーマに、
問題を正しく読む力と、算数の力の関係についてお話しします。

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