前回は、「できた」と「わかった」は必ずしも同じではない、というお話をしました。

ヒントをもらって問題が解けることはあります。

それは決して悪いことではありません。

ただ、そのヒントによって「できた」ことと、自分で考えて「わかった」ことは少し違います。

では、本当に「わかっている」子とは、どのような子でしょうか。

今回は、以前の授業で実際にあった場面を紹介します。

子どもたちに、こんな問題を出したことがあります。

Aさんは りんごを 5こもっています。Bさんとの ちがいは 2こです。
2人あわせて なんこでしょう。

すると、反応は大きく3つに分かれました。

ある子は、すぐに「7個!」と答えました。

またある子は、しばらく考え込んでいました。

そしてある子は、こう言ったのです。

「Bさんの方が多いの?少ないの?」

実は、この問いこそが大切です。

問題には「ちがいは2個」としか書かれていません。

AさんよりBさんが2個多いのか。

それとも2個少ないのか。

その情報は書かれていません。

つまり、この問題は条件が足りないのです。

算数というと、素早く正解を出すことが良いことのように思われがちです。

もちろん、正しく答えを求めることは大切です。

しかし、算数の学習で本当に大切なのは、答えを出すことだけではありません。

与えられた情報は十分だろうか。

何が分かっていて、何が分かっていないのだろうか。

自分はどの情報を根拠に考えているのだろうか。

そうしたことを確かめながら筋道を立てて考えることこそ、算数の学びの中心にあります。

今回の問題で価値があるのは、「7個」や「12個」、「8個」と答えることではありません。

「その答えは本当だろうか」と立ち止まることです。

条件が足りないことに気付き、問題そのものを見直そうとすることです。

そうした姿は、単に計算している状態ではありません。

与えられた情報を整理し、関係を確かめながら考えている状態です。

だから私は、

「答えが出ないことに気付ける子」こそ、算数の力を身に付けた子だと思っています。

答えが出ないことに気付くのは、失敗ではありません。

情報を整理し、筋道を立てて考えた結果です。

そして、その姿こそが、私が算数の授業で育てたい力なのです。


コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です